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第20回 「越後流 ③」

 男の子の健やかな成長を願う五月五日の「端午の節句」。端午という言葉は元来、月の端の午の日という意味ですが、中国の重日思想(月日が同じ数になる日を佳日とした)から、やがて五月五日を指すようになりました。
 日本へは奈良時代以前に伝わり、「続日本紀」には騎射の行事や、菖蒲葛を付けた天皇や群臣の記述を見ることが出来ます。後に武家や民間へと広まり、菖蒲の音読みが尚武に通ずるところから武家に尊ばれ、江戸時代中期には男子の節句として定着しました。
 端午の節句には、柏餅を食べるのはざぜでしょう。武家で菖蒲が尊ばれたことは先に触れましたが、武家にとっては家の存続は重要な問題でした。柏の葉は、新芽が出始めてから古い葉が落ちるので、それを家系が途絶えないふうに考え、柏餅は好んで食べられました。
 また神社を参拝する際に柏手を打ちますが、これは柏が神様の宿る神聖な木であることに由来しています。古来、柏の葉が「炊ぐ葉」「炊葉」と呼ばれ、神事や祭事に食べ物を盛るための食器に使用されたのは、柏の聖なる力に少しでもあやかりたいと願う先人たちの重いからです。
 この柏餅というお菓子が日本の歴史に登場したのは、徳川九第将軍・家重~十代将軍・家治のころだといわれています。その理由は、俳句の季語を記した書物「俳諧初学抄」(斎藤徳重)に五月の季語として柏餅が記載されていないのに対し、一六六一-七三年頃の成立した「酒餅論」には柏餅が紹介されているからです。
 当時の柏餅は、砂糖が高価だったこともあり、塩入りあんこで形は卵形(御前菓子秘伝抄)でした。その後、国産の砂糖が徐々に流通するようになり、百年ほど後には砂糖入りあんこで、形も現在のような「蛤型」になりました。(守貞漫稿)。

 弊店の柏餅は卵形でお出ししています。お餅は「棚田米・黒黄金餅」、小豆は「村上産小豆・ときあかり」と越後流な仕上がりとなっております。村上へお立ち寄りの際は、ご笑味頂ければ幸いです。



 季節は初夏を迎え、明るい空に鯉のぼりが泳ぐ端午の節句は、輝く夏の到来を告げる爽快なハレの日です。

 

 様々な場面で、年中行事と和菓子との関わりはあります。歴史や風俗を感じながら、召し上がっていただくのも和菓子の楽しみ方のひとつです。



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| 小豆(ときあかり) | 13:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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