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第32回 「きらり夢ファイル」

城下町・村上で受け継がれてきた和菓子。ここには、地元の誇る食材が使われてきた。そして今、“小豆”も村上産にこだわり、和菓子を作る。日下拓35歳。

≪和菓子を通して、地元が元気になって欲しい。みんなに喜んでもらいたい。それが自分自身の課題だ。≫
村上市で、200年以上続く老舗和菓子店。11代目の拓は、村上で穫れた小豆『ときあかり』を店の商品に使っている。7歳から“家を継ぐ”と決め、世界各地を旅したり県外の和菓子店を見た。そして帰郷。1つの夢を掲げた。

≪和菓子は“小さい日本文化”。もともとその地域でとれたものでお菓子を作ってきたので、“地元の小豆”でお菓子を作ってみたい。≫
7年間探し求めて、ようやく、新潟でも育てやすい小豆『ときあかり』と出会った。去年、70歳のパートナーと栽培を開始。試行錯誤をしながら、収穫に成功した。今年は、色ツヤも味も、申し分ない。これから虫がつかないよう、一層、手間と時間をかける。農家・大田さん『集落で空いた畑がものすごく出てきて、それを耕作に復旧させるために始めた。今後も自分なりに小豆の栽培方法を研究していきたい。』さらに拓には、これから作りたい和菓子がある。朝日連峰の麓の集落で作り継がれてきた餅米『黒黄金餅』と小豆『ときあかり』を使った“越後流さくら餅”。年末、発売だ。

≪農家の大田さんが一生懸命いい小豆を作ってくれるので、自分も負けないように美味しいあんこを作りたい!和菓子も、小豆も、もっといいものが出来る、もっともっといいものが出来る。そういう“思い”を諦めずに、これからも続けていきたい。≫
故郷の未来に向かって、拓は和菓子を作る。


             「きらり夢ファイルより抜粋」
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| 小豆(ときあかり) | 13:12 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第31回 「水無月」

東北地方太平洋沖地震・長野県北部を震源とする
地震による災害のお見舞いを申し上げます。

この度の地震により被害を受けられました皆様に心からお見舞い申し上げます。


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 水無月、無病息災と暑気払いの思いを込めてー。 初夏の六月を締めくくるのは、平安時代の記録にも残る「夏越の祓」。村上地方では「なつこしのはらえ」と呼ばれていますが、地方によっては「あんごし」あるいは「みなづきのはらえ」と呼ばれているそうです。
 暑さが厳しく、病もはやりやすいこの時期、さらにちょうど一年の折り返し点でもある六月の晦日に、過ぎた半年間の無事を感謝して残り半年の息災を願う行事が名越の祓です。
 また、古代より伝えられる禁裏の行事、六月朔日(毎月の第1日)の「氷の節句」ともいわれる「氷室の節会」。冬から奥深い山陰で貯蔵してきた氷を臣下に与え、夏の暑気払いと無病息災を祈念したといわれていますが、この二つの行事が結びついたのが「水無月」の習俗です。
 祓の風習は地方によって様々ですが、海に入って身体を清めたり、形代を川に流したり、茅やワラを編んで輪をくぐり抜けたりして、各神社では疫病除けの神事が催されます。
 昔、庶民は夏に氷を口にすることは出来ませんでしたが、この習俗にあやかりたいという思いが、氷を模したお菓子を作り出したのです。
 「水無月」は、外郎(米粉・餅粉・小麦粉・砂糖を混ぜて蒸し上げたもの)で作るのが普通ですが、白い三角形は宮中に献上された「氷」を表し、上に散らした赤小豆には節分の豆まきのように、「赤」と「小豆」に邪気払いの意味が込められています。
 また、小豆はビタミンB1などの栄養素を多く含んでいます。暑い夏を乗り切るためにはビタミンが必要で、その意味でも理にかなっているお菓子といえるのではないでしょうか。
 これから本格的な夏が到来します。ことしの夏も暑くなるのでしょうか? ぜひ、みなさんのご家庭でも、ご家族の健康に感謝しながら、小豆を使ったお菓子を召し上がってみてはいかがでしょうか。


様々な場面で、年中行事と和菓子との関わりはあります。歴史や風俗を感じながら、召し上がっていただくのも和菓子の楽しみ方のひとつです。

| 小豆(ときあかり) | 17:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第30回 「テロワール主義」

 八十八夜も過ぎ汗ばむ頃となりました。皆様は如何お過ごしでしょうか。IMG_0399_convert_20090925162511.jpg


 かつて村上藩の城下町として栄えた村上市は、今でも市内に武家町、商人町、寺町などの面影を残しています。

 現在でも、お茶や和菓子などの商店が数多くあり、多くの農家が出店する六斎市(ろくさいいち)も賑やかに続くなど、往時の面影を感じさせます。今も昔も農業と商業が共に発展する村上の姿です。

 当店で使用する小豆『ときあかり』は、新潟県の気候風土に適した小豆です。北海道産に比べて若干小粒ながら、色艶に優れ、風味が強いのが特徴ですが、栽培の難しさから、挑戦される農家の方もなく、幻の小豆と呼ばれていました。

 当店では、農家の方と一緒に平成20年が15a、翌平成21年が40a、平成22年が80aと作付けして参りました。

 今年は7月中旬頃に播種する予定で、今から秋の収穫が楽しみです。これからも当店では、村上の地質・水質・日照時間・降水量・・・・等々、その土地の風土条件を大切にする「テロワール主義」を実践していきたいと思います。


 ※ 写真は『ときあかりの花』です。

| 小豆(ときあかり) | 14:46 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第28回 「炉開き・旧亥の日」

 立冬も過ぎ、朝晩の冷え込みも一段と増してきましたが、みなさんのご家庭では、既にストーブやこたつは用意されましたでしょうか?昔は、こたつや火鉢に火を入れる日に、必ず食べる餅がありました。

 御厳重・御玄猪(おげんちょ)・おなり切りとも言われる「亥の子もち」は、平安時代より続く旧暦十月の亥の日、亥の刻(午後九時)に無病息災を願って子孫繁栄を祈る行事で、また亥が猪(ゐ)に通じるところから、子だくさんであるイノシシにあやかって、安産を願うことにもつながっています。

 もともとは田の神様を迎えて送る農耕神の風習に基づく農村行事、いわば収穫祭に起源するといわれます。武家射会では鎌倉時代から儀式化されてきましたが、室町時代末期より一般化されました。
 江戸時代には、亥の日に「亥の子といえばもちをつくー」と子どもたちが歌い遊んだそうです。
 現在では、京都の護王神社で毎年十一月一日に「亥の子祭」が開催され、さながら王朝絵巻の一こまのようです。
 また茶道でも「炉開き」として形を変えて残っています。茶道の正月は「炉開き」をする十一月です。夏の風炉から炉を仕切って、炉縁を入れて炉に変えます。この時に茶壺で長く熟成した新茶を初めて石臼でひき、開炉の儀を行いますが、その際に使われるお菓子が「亥の子もち」です。
 初めは小豆、大豆(きなこ)、ゴマ、木の実、果実などから作られていたそうですが、平安時代以降は赤(小豆)と黒(ゴマ)、白(アワ)の三種類のもちになり、一の亥の日にはキク、二の亥の日にはモミジ、三の亥の日はギンナンが添えられました。
 時代と共に亥の子もちも変わっていき、さまざまな素材、色、形が見られますが、総じて丸く小さいもちであったようです。今年は今月九日が旧暦の亥の日に当たります。熱い番茶と亥の子もちでお祝いしてみませんか。

 様々な場面で、年中行事と和菓子との関わりはあります。歴史や風俗を感じながら、召し上がっていただくのも和菓子の楽しみ方のひとつです。

| 小豆(ときあかり) | 14:51 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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第27回 「十三夜」

 九月中旬から続いた秋の長雨、秋霖(しゅうりん)が終わると、秋澄むや秋高しと呼ばれる青空の広がる季節となります。

 秋の澄んだ夜空に浮かぶ月を愛でる「月見の宴」は、万葉の昔から続く風習です。十五夜様とも云われる仲秋の名月は、中国から伝わりましたが、十三夜は中国にはない月見です。

 十三夜は名残りの月とも称され、仲秋の名月から一月遅れの、しかも満月の二日前という月で、今年は10月20日(水)となります。満月ばかりを讃えるのではなく、未完のもの不完全なものに、侘び寂びの心を感じ取るのは、日本人特有の美意識ではないでしょうか。

| 小豆(ときあかり) | 13:29 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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